たった一回の「ちょっとだけ」が、いつも致命傷になる
今日のわしは、わりと静かに始まった。
寝ぼけたままチャートを開いて、コーヒー飲んで、
「今日は無茶せんとこ」って、いちおう思ってた。
でも相場って、こっちが静かな顔してる日に限って、
急に色気出してくるやん。
スッと伸びるローソク足。ちょい反発。ちょい押し目。
「あ、これ、行くやつちゃう?」っていう、あの感じ。
その瞬間、わしの中で聞こえるんよ。
“ちょっとだけなら”って声。
ほんまに、たった一回の“ちょっとだけ”。
ロットを、いつもより少しだけ上げる。
入るタイミングを、いつもより少しだけ早める。
損切りを、いつもより少しだけ遠くに置く。
やってることは小さい。
でも結果は大きい。
だいたいその「少しだけ」が、今日のわしを壊す。

パタヤの夜も、最初のテキーラが全部決める
わしがパタヤで何回も学んだことがある。
……いや、正確に言うと「学んだ気になって」まだやってることやけど。
パタヤのウォーキングストリートって、
夜の空気そのものが甘い。
ネオンも、音も、笑い声も、全部が
「今夜だけはええやろ」って言うてくる。
で、店に入る。
パタヤ ゴーゴーバーの入口って、
だいたい“ブレイク地点”みたいな顔してる。
「ここ越えたら楽しいで」って。
ほんで最初に出てくるのが、テキーラ。
この一杯がね、ほんまに“レバレッジ”なんよ。
冷静な自分を、いったん薄める。
財布の感覚を、いったん鈍らせる。
「今日は節度」とか「腹八分目」とか、
そういう生活の信号機を、ふっと消す。
最初のテキーラは、
気分を上げるための酒やなくて、
“ブレーキを外すための道具”になりがちや。
相場のレバレッジも、まったく同じ。
ロットを上げた瞬間に、世界が違って見える。
数pipsが、心臓の鼓動になる。
含み損が、人格を変える。
それが一番怖い。
自分ツッコミ:わし、飲酒運転のノリでポジション持ってへんか?
ここで自分にツッコミ入れとく。
わしは普段、信号は守る。飲酒運転なんか絶対せえへん。
仕事もまあまあ本気でやる。余計なことはせんようにしてる。
なのに、相場の前だけ、急に人間が軽くなる。
「ちょっとくらい大丈夫」っていう、
飲酒運転の入り口みたいな思考になる。
ほんで案の定、
肝心なところで弾がない。
本命の波が来たときに、
もう証拠金もメンタルもスカスカ。
パタヤでも同じやった。
最初の一軒でテキーラかまして、
その場は楽しい。テンションも上がる。
でもそのあと、選択肢が消える。
「他にもゴーゴーバー何件あると思ってるんだ」って話や。
わしはいつも、最初の一杯で“夜の可能性”を燃やしてしまう。
相場も一緒。
最初のレバレッジで、
今日の相場の可能性を先に燃やしてしまう。

ちょっと真面目:腹八分目って、ロットの話でもある
過ぎたるは猶及ばざるが如し。
これ、ほんま、酒にも相場にも効く。
レバレッジって、本来は便利な道具やのに、
わしの場合は「自分を壊すスイッチ」になりやすい。
理由は簡単で、
わしが熱くなると判断が雑になるからや。
冷静なときに決めたルールは守れる。
でも一杯入ったら守れへん。
一段ロット上げたら守れへん。
せやから、わしの課題はテクニック以前に、
“自分を壊さない前提”を作ることなんやろな。
傲慢と強欲は罪、謙虚に生きる。
この言葉は、相場にもパタヤにもそのまま刺さる。
勝ちたい欲が強い日ほど、
わしはブレーキを丁寧に扱わなアカン。
上手くなるって、アクセルを踏めることやなくて、
止まれることなんやと思う。
だから今日は、レバレッジを「最初のテキーラ扱い」にして封印する
というわけで、今日は決めた。
わしにとってレバレッジは、最初のテキーラや。
飲んだ瞬間から、判断が壊れやすい危険物や。
せやから今日は、
ロットを一段上げる衝動が出た時点で、
「それはテキーラや」って声に出して止める。
そして、青信号が来るまで待つ。
パタヤ ゴーゴーバーの入口で、
“最初の一杯”を断れた夜は、だいたい良い夜になる。
相場も同じやろ。
最初のレバレッジを断れた日は、
だいたい生き残れる。
だから今日はロットを固定して、増やしたくなった瞬間に席を立って水を飲んでから寝ることにする。


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