AIで人を減らすと、本当に企業は儲かるのか|AI Layoff Trapを読んで

AI Layoff Trap ニュース考察

AIで仕事が置き換わる。

最近、そんな話を見ない日はない。

企業から見れば、AIはかなり魅力的な存在だと思う。
人件費を下げられる。
作業を早くできる。
休まない。
文句も言わない。
場合によっては、人間より正確に処理する。

だから、企業がAIを導入したくなるのは自然だ。

ただ、ある論文を読んでいて、少し引っかかった。

今回読んだのは、Brett Hemenway Falk氏とGerry Tsoukalas氏による 「The AI Layoff Trap」 という論文です。

arXivで公開されている論文で、AIによる人員削減が、企業単体では合理的に見えても、経済全体では消費需要を弱める可能性がある、という構造をモデル化しています。

参考資料はこちらです。

なお、この記事は論文の厳密な翻訳ではありません。
論文の内容を読んだうえで、AI・労働・消費・資本主義の循環について、自分なりに整理した個人ブログとしての読書メモです。

まず、論文は何を言っているのか

この論文の中心は、かなりシンプルです。

AIによる人員削減は、個別企業にとっては合理的でも、企業全体・経済全体で見ると、消費需要を弱め、結果的に企業自身の利益も傷つける可能性がある。

つまり、

「AIで人を減らせば、人件費が下がって企業は儲かる」

という単純な話ではない。

なぜなら、解雇される労働者は、同時に消費者でもあるからです。

労働者の所得が減れば、消費する力も落ちる。
消費が落ちれば、企業の商品やサービスを買う人も減る。
すると、回り回って企業自身の売上や利益にも影響する。

論文では、この構造を 需要の外部性 として扱っています。

企業がAIで人を減らすと、その企業は人件費削減のメリットを得ます。
しかし、その人員削減によって失われる消費需要の痛みは、自社だけでなく市場全体に広がります。

だから、個別企業から見ると、

「自社だけならAIで人を減らした方が得」

に見える。

しかし、全社が同じことをすると、社会全体の購買力が落ちる。
それでも各社は、自社だけAI化を止めると競争に負けるため、止まりにくい。

論文は、この状態を AI Layoff Trap、つまりAI解雇の罠として説明しています。

論文の主張:問題はAIそのものではなく、競争構造にある

ここは大事だと思います。

この論文は、単純に「AIは悪い」と言っているわけではありません。

問題にしているのは、AIそのものではなく、企業の競争構造です。

1社だけがAIで人を減らせば、その会社はコストを下げられる。
でも、他社も同じように人を減らせば、社会全体の所得が減る。
所得が減れば、消費が減る。
消費が減れば、企業の売上も減る。

それでも、1社だけがAI化を止めるのは難しい。

自社だけ人を残せば、競合よりコストが高くなる。
競合がAI化すれば、価格競争でも不利になる。
だから、自社もAI化せざるを得ない。

つまり、誰かが特別に愚かなわけではない。

むしろ、各企業が合理的に動くからこそ、全体として悪い均衡に落ちる可能性がある。

ここが、この論文の一番おもしろいところだと思いました。

自分の解釈:労働者はコストであり、同時に消費者でもある

ここからは、論文を読んだうえでの自分なりの解釈です。

企業から見れば、労働者はコストです。

給料を払う。
社会保険を負担する。
教育も必要になる。
人によって能力差もある。
辞めることもある。

だから、企業が「できるだけ人に頼らずに回したい」と考えるのは、ある意味では当然だと思います。

でも、経済全体で見れば、労働者はただのコストではない。

労働者は、同時に消費者でもある。

給料をもらう。
家賃を払う。
食事をする。
車を買う。
スマホを買う。
旅行に行く。
本を買う。
映画を見る。

つまり、誰かの人件費は、別の誰かの売上になっている。

企業が払った給料は、ただ消えているわけではない。
社会のどこかを回って、別の企業の売上になり、さらに投資や雇用につながっていく。

ものすごく単純化すれば、こういう循環です。

雇用

所得

消費

売上

投資

生産性向上

さらに雇用・所得・消費

資本主義は、この循環を回しながら、少しずつ外へ広がっていく。

螺旋状に拡張していく、と言ってもいいかもしれない。

AIによる人件費削減は、購買力を削ることでもある

もちろん、1社だけを見れば、AIで人を減らすのは合理的に見えます。

人件費が下がる。
利益率が上がる。
株主にも説明しやすい。
経営者としては、かなり分かりやすい改善に見える。

でも、全社が同じことを始めたらどうなるのか。

ここが、この論文の怖いところだと思います。

A社が人を減らす。
B社も人を減らす。
C社も人を減らす。
業界全体で人が減る。
社会全体で所得が減る。

すると、消費する力も落ちる。

つまり、AIで削っているのは人件費だけではない。

労働者の所得も削っている。
消費者の購買力も削っている。
もっと言えば、企業の未来の売上も削っている可能性がある。

ここに罠がある。

個別企業から見れば、労働者はコスト。
でも市場全体から見れば、労働者は需要でもある。

この両面を忘れて、人件費だけを最適化しすぎると、経済の循環そのものが細っていくのではないか。

少なくとも、この論文はそう考える材料になります。

トヨタの例で考えると分かりやすい

かなり極端に単純化すると、トヨタの従業員が車を作り、その従業員もまた車や生活財を買う。

もちろん現実のトヨタは、世界中に車を売っています。
従業員だけが買っているわけではありません。

でも、経済の循環を考える例としては分かりやすい。

企業が人を雇う。
従業員が所得を得る。
その所得で何かを買う。
その売上が、また別の企業の投資や雇用につながる。

こうやって、社会全体でお金が回る。

自社の従業員が自社の商品を買うとは限らない。
でも、自社の従業員がスーパーで買い物をし、スーパーの従業員がスマホを買い、スマホ会社の従業員が車を買うかもしれない。

経済は、そういう広い循環でできている。

だから、企業が一斉に「人件費は無駄だ」と考えて労働を削りすぎると、その瞬間は効率化に見えても、長い目で見れば、消費の土台を削ることになるかもしれない。

資本主義の循環エンジンから、燃料を抜きすぎるようなものだ。

「労働からの解放」と「所得からの切断」は違う

AIは、本来なら人間の自由を増やす技術のはずです。

面倒な作業を減らす。
単純作業から解放する。
より創造的なことに時間を使えるようにする。

そう考えれば、AIは悪いものではありません。

でも、使い方を間違えると、自由を増やすどころか、人間の生活基盤を削る方向にも進んでしまう。

働かなくてもよくなる社会。
それは理想のようにも聞こえます。

でも、働かなくても所得がある仕組みがないまま、仕事だけが消えていけば、ただ生活が苦しくなるだけかもしれない。

労働から解放されるのか。
それとも、所得から切り離されるのか。

この差は大きい。

AIによって人間がつまらない労働から解放されるなら、それは希望だと思います。

しかし、AIによって仕事だけが消え、所得や購買力が失われるなら、それは単なる自由ではありません。

むしろ、選択肢が減る可能性すらある。

人件費は本当に無駄なのか

企業にとって、人件費は大きなコストです。

それは間違いない。

でも、社会全体で見たとき、人件費は単なる無駄ではありません。

それは、誰かの生活費であり、誰かの購買力であり、誰かの未来の売上でもある。

もちろん、非効率な仕事を全部守れという話ではありません。
時代に合わない仕事が変わるのも自然です。
技術によって産業構造が変わるのも避けられない。

ただ、人を削ることを単純に「効率化」とだけ呼んでいいのかは、少し考えた方がいい。

AIで人件費を削る。

それは短期的には正しい判断かもしれない。

でも、その人件費は、社会のどこかで消費になり、売上になり、投資になり、また次の雇用につながっていた。

その循環を削っているのだとしたら、話は少し変わってくる。

資本主義は、自分の燃料を抜きすぎてはいけない

資本主義は、資本だけで回っているわけではない。

労働があり、所得があり、消費があり、投資がある。
その循環があるから、経済は広がっていく。

企業が利益を求めるのは当然です。
効率化するのも当然です。
AIを使うのも当然です。

ただ、その最適化が行きすぎると、循環の一部を壊してしまう可能性がある。

労働者をコストとして削る。
でも、その労働者は消費者でもある。
消費者を削れば、需要も削れる。
需要が削れれば、企業の未来の売上も削れる。

AIで削っているのは、人件費だけではない。

もしかすると、資本主義が螺旋状に拡張していくための燃料そのものを、少しずつ抜いているのかもしれない。

「The AI Layoff Trap」は、そんなことを考えさせられる論文でした。

AIは悪ではない。
効率化も悪ではない。
企業が利益を求めることも悪ではない。

ただ、個社最適を積み上げた先に、必ず全体最適があるとは限らない。

ここを忘れると、AIによる効率化は、未来の需要まで削ってしまうのかもしれません。

参考資料

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