口座が薄い日に限って、本命の波が来る(わしのトレード日記)
朝、チャートを開いた瞬間にわかるやつや。
「あ、今日…動く日やな」って。ほんで、こういう日に限って、わしの口座が薄い。
昨日の熱さが残ってて、オーバーロットで刹那的にポジション持って、ちょい削って、ちょい削って。
勝った負けた以前に、肝心なところで弾がない。
チャートは“本番の顔”しとるのに、わしだけ練習試合のノリで入って、財布だけは決勝戦レベルで軽い。

その瞬間、ふと湧いてきたんよ。
「わし、FXをパチンコみたいに扱ってないか?」って。
押したら光る、当たったら気持ちいい、外れたら台を叩く――あれと同じ顔で、チャートを見とる気がした。
で、そこから妄想が始まる。
パタヤのウォーキングストリートを歩いてるわしが、脳内でスッ…と出てくる。
ネオンの光、呼び込みの笑顔、店内の爆音。
“パタヤ ゴーゴーバー”の入口って、だいたいチャートのブレイク地点に似てる。
「ここや、ここ突破したら世界変わるで」って顔して、わしを呼ぶ。
……でもや。
その店、入った瞬間にテキーラで潰されて、記憶飛ばして、高額請求で尻の毛まで抜かれる未来も、わしは知ってる。
それでも入ってしまう。
チャートでも同じ。
“本命の波”が来たときほど、わしの判断は軽くなる。怖いくらい軽くなる。

FXもパタヤも、赤信号は赤信号(生活習慣の通知表)
ここで自分にツッコミ入れとく。
わし、普段は信号守るし、飲酒運転なんかせえへん。
「当たり前やろ」って顔しながら生きてる。
なのに、チャートの前に座った途端、赤信号に突っ込む。
しかも速度上げて。
それがオーバーロットや。
“自分の生活の基本ルール”を、相場の前だけ置き忘れてる。
パタヤも同じ。
腹八分目でやめとけばええのに、ネオンと酒でスイッチ入って、過ぎたるは猶及ばざるが如しを忘れる。
「もう一軒だけ」「もう一杯だけ」――この“だけ”が、たいてい一番高い。
わしが今日いちばん刺さったのは、ここや。
勝率がどうとか、pipsがどうとか、うんぬんの前に、結局は負け方が荒い。
負けが嫌で、逆行したら増し玉して、戻ったとこで逃げる。
その場しのぎは勝率を上げた気にさせるけど、最後に一発で全部持っていかれる。
パタヤで言うと、最初の店で“テキーラで調子に乗った結果”、最後にまとめて請求されるやつ。他にもゴーゴーバー何件あると思ってるんだって話でもある。
それで最近、わしの中で一番しっくり来た考え方がある。
「上がる?下がる?」より先に、「A(利確)とB(損切)どっちが先に来る?」って考えるやつ。
これ、信号機みたいなもんやな。
赤(B)が先に来たら、そのアイデアは終了。追撃せん。
黄色(迷い)なら、そもそも渡らん。
青(条件そろう)だけ渡る。
結局、相場の前で一番信用できへんのは、その場で熱くなったわしの判断や。だから先に“青信号しか渡らん”って決める。これがわしに必要なマインドセットや。
……言うのは簡単やけど、これを腹に落とせたら、先生が言う「エントリーは大した問題じゃない」って意味も、わしの中で繋がる気がするんよ。
結局、人生も同じで、“赤信号で止まれるか”がほとんどなんやろな。
傲慢と強欲は罪、謙虚に生きる――これ、相場にもパタヤにも、そのまま刺さる言葉や。

だから今日は「入場許可証」だけ握って帰る
わしの弱点は、相場が動いた瞬間に熱くなりすぎて“自分ルール”が溶けることや。
パタヤでネオン見た瞬間に、予算が溶けるのと同じやな。情けないけど、ほんま同じ。
せやから今日は、勝ちに行かん。
“勝ち方”の前に、“止まり方”を整える日にする。
「RRがどう」とか難しい話は一旦置いといて、わしに必要なんは、まず生活の信号機や。
だから今日は、チャートは見てもポジションは持たずに、AとBを紙に書いて「Bに触れたら終了・追撃禁止」を机に貼って、腹八分目ロットの上限だけ決めて寝ることにする。


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