パタヤに行きたかった。
航空券代。
ホテル代。
現地で食べる屋台飯。
少し余裕を持って歩く夜の街。
そういうものを思い浮かべながら、FX口座を見ていた時期がある。
最初は、小遣い稼ぎのつもりだった。
少し増えれば、次の旅行が楽になる。
うまくいけば、ホテルを少し良くできる。
そんな軽い気持ちだった。
でも、気づいたら旅費までチャートの上に置いていた。
その夜、スマホの残高は赤くなり、
行けるはずだったパタヤが、少し遠くなった気がした。
FXで旅費を増やそうとした夜
仕事を終えて、簡単に食事を済ませて、いつものようにチャートを開く。
最初は本当に、少しだけのつもりだった。
今日少し勝てば、旅費の足しになる。
今週少し増えれば、ホテル代に回せる。
月末にプラスで終われれば、次のパタヤが少し近づく。
そうやって、チャートの数字と旅の景色を勝手に結びつけていた。
緑の数字が増えると、少しだけ自由に近づいた気がする。
口座残高が増えると、次の旅が現実味を帯びる気がする。
でも、これはかなり危ない考え方だった。
FXの利益は、まだ確定していない。
相場は、自分の旅行予定に合わせて動いてくれるわけではない。
「ここで勝てば行ける」という気持ちは、冷静な判断を簡単に壊す。
その夜も、最初は小さく勝っていた。
そこでやめればよかった。
今日は勝ちで終わる。
また明日、落ち着いて見る。
そうすればよかった。
でも、もう少しだけと思った。
次も取れる気がした。
ここで伸ばせば、旅費が一気に近づくと思った。
その「もう少し」が、だいたい余計だった。
旅費までチャートに置いてはいけなかった
一番まずかったのは、FXで負けたことそのものではない。
旅費まで、気持ちの中でチャートに置いていたことだと思う。
本来、旅費は旅費だ。
航空券を買うためのお金。
ホテルを予約するためのお金。
現地で食べたり、移動したり、少し余裕を持って過ごすためのお金。
それは、相場の勝ち負けとは分けておくべきものだった。
でも当時の自分は、そこを混ぜていた。
旅費を増やすためにFXをする。
FXで増えたらパタヤに行ける。
負けたらパタヤが遠のく。
そんなふうに考えていた。
すると、ただの損失が、ただの損失ではなくなる。
口座残高が減るたびに、旅が遠ざかった気がする。
損切りするたびに、航空券代が消えたように感じる。
負けを取り返さないと、次の旅行まで失ったような気になる。
こうなると、トレードはもう冷静ではない。
相場を見ているようで、
実際には「行きたい場所に行けない焦り」を見ているだけになる。
旅費までチャートに置いてはいけなかった。
これは、今ならかなりはっきり分かる。

赤い残高を見たあと、まずノートを開いた
スマホの画面に赤い数字が並んだとき、最初に出てきたのは後悔だった。
なぜ、あそこでやめなかったのか。
なぜ、ストップをずらしたのか。
なぜ、追加で入金したのか。
なぜ、取り返そうとしたのか。
理由はある。
言い訳もある。
でも、結局のところ、甘かった。
勝ちが続いたことで気が緩んでいた。
少し増えたことで、次も取れると思っていた。
旅費を早く作りたい気持ちが、ロットを少しずつ雑にしていた。
FXの怖いところは、理性が揺らいだ瞬間に「取り返す」という感情が先に出てくることだと思う。
一度そのモードに入ると、判断がかなり荒くなる。
負けを認めたくない。
ここで戻せば問題ない。
次で勝てば帳消しになる。
そうやって、必要な線を越えてしまう。
その夜、自分はノートを開いた。
立派なトレード日誌ではない。
細かい分析でもない。
ただ、次の3つだけを書いた。
・何が起きたか
・その時、自分は何を考えていたか
・次に同じことをしないために何をするか
これだけでも、少しだけ頭が冷えた。
損失そのものは戻らない。
でも、感情のまま次のトレードに入ることだけは止められる。
その意味では、ノートは小さな冷却装置だった。
行けない気持ちは、小さな旅の準備で冷やす
お金が減ったからといって、すぐにパタヤへ行けるわけではない。
むしろ、予定は少し遠のく。
そういう時に、一番やってはいけないのは、
「取り返せば行ける」と考えて、またチャートを開くことだと思う。
行けない気持ちを、相場で埋めようとすると危ない。
だったら、もっと小さく旅の空気を生活に戻した方がいい。
たとえば、家でタイ料理を作ってみる。
ナンプラーを買う。
鶏肉を焼いて、少しそれっぽい味付けにしてみる。
スーパーでマンゴーを見つけたら買ってみる。
YouTubeで現地の街歩き動画を流してみる。
本物の旅ではない。
でも、チャートで取り返そうとするよりは、ずっと健全な逃げ道だと思う。
行けない時間を、全部トレードにぶつける必要はない。
旅に行けないなら、行けないなりに、生活の中に少しだけ旅の気配を戻す。
そのくらいで、気持ちが落ち着くこともある。
重要なのは、旅への未練をロットに乗せないことだ。
パタヤに行きたい気持ちは、悪くない。
でも、その気持ちをそのまま相場に持ち込むと、判断が歪む。
行きたい気持ちは、旅の準備に使う。
トレードには、ルールだけを持ち込む。
それくらい分けた方がいい。
妄想ではなく、生活の中で旅を少しだけ再現する
以前の自分は、行けない時間を妄想で埋めようとしていた。
次に行ったら、どこに泊まるか。
何を食べるか。
夜はどこを歩くか。
朝はどんな景色を見るか。
そう考える時間は、たしかに楽しい。
でも、その妄想が強くなりすぎると、またチャートに戻ってしまう。
このポジションが伸びたら行ける。
この利益が取れたら航空券代になる。
ここで取り返せば、予定はまだ消えない。
そんなふうに、妄想がトレードの燃料になってしまう。
だから最近は、妄想だけで終わらせるよりも、生活の中で小さく再現した方がいいと思っている。
家でタイ料理を作る。
次に泊まりたいホテルを調べる。
航空券の相場を確認する。
必要な持ち物をリストにする。
近場で少しだけ旅気分を作る。
そういう小さな準備なら、口座を壊さない。
むしろ、旅に向けて現実が少しずつ整っていく。
旅の準備は、焦りを増やすためではなく、気持ちを落ち着かせるために使う。
そう考えると、行けない時間にも意味が出てくる。

次にやることは、旅費とFX資金を分けること
この失敗から、最初に決めたことがある。
旅費とFX資金は、絶対に分ける。
これは、単純だけれどかなり大事だと思う。
旅費は別口座に置く。
給与日に自動で積み立てる。
FX口座には、なくなっても生活や旅に影響しない範囲だけを入れる。
この線を引くだけで、かなり変わる。
旅費をFX口座に入れない。
旅費を証拠金にしない。
負けたからといって、旅費口座から補填しない。
これを守るだけで、少なくとも「旅そのものが消える」感覚は減らせる。
さらに、損失が出た日は24時間ルールを入れる。
負けた直後は、何もしない。
すぐ取り返そうとしない。
別の銘柄を開かない。
追加入金しない。
一晩置く。
それだけでも、かなり違う。
感情が熱いうちは、だいたい判断が雑になる。
特に、旅費や自由への憧れが絡んでいると、負けがただの負けではなくなる。
だからこそ、仕組みで止める。
気合いではなく、仕組みで止める。
反省ではなく、先にルールで止める。
これが、次にやるべきことだった。
損を笑いに変えるより、仕組みに変える
損をしたこと自体は、恥ずかしい。
できれば隠したい。
なかったことにしたい。
自分だけは違うと思いたい。
でも、実際には同じような失敗をしている人は多いと思う。
少し勝って気が大きくなる。
負けを認められずに取り返そうとする。
本来使ってはいけないお金に手をつける。
夢や焦りをトレードに乗せてしまう。
それは、特別な失敗ではない。
かなり人間らしい失敗だと思う。
ただ、人間らしいからといって、放置していいわけではない。
笑い話にするだけでは、また同じことを繰り返す。
「やってしまった」で終わると、次もたぶんやってしまう。
だから、損を笑いに変えるより、仕組みに変える。
旅費は分ける。
FX資金は上限を決める。
負けたら24時間触らない。
トレード前に理由を一行書く。
旅への焦りが強い日は、そもそも入らない。
こういう地味なルールが、自分を守る。
パタヤに行きたい。
自由を増やしたい。
相場で少しでも現実を変えたい。
その気持ちは、今でもある。
でも、自由になりたくて始めたはずのものに、生活や旅費まで縛られるのは違う。
パタヤに近づくために、まず旅費を守る。
自由に近づくために、まず口座を守る。
相場を見る前に、自分の感情を見る。
あの夜、旅費は減った。
パタヤも少し遠のいた。
でも、その失敗で分かったこともある。
旅費をチャートに置いてはいけない。
行きたい気持ちをロットに乗せてはいけない。
損をした夜ほど、取り返すのではなく、仕組みに戻る。
金はまた貯めればいい。
でも、同じ負け方を何度も繰り返すなら、それは少しずつ自由から遠ざかっているということだと思う。
だから次は、旅費を守るところから始める。
パタヤへ行く準備は、チャートの中ではなく、生活の中で進めていく。

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