NISAに満額積み立てすれば、将来の不安はなくなるのか?

投資

新NISAに全振りする若者の記事を読んだ。

手取り24万円の中から、毎月10万円を投資に回す。
映画も、テニスも、友人との付き合いも削る。
それでも生活費が足りなくなり、リボ払いに手を出す。

ここまで来ると、もはや投資というより、将来不安に追い立てられた防衛行動に見える。

もちろん、NISAが悪いわけではない。

むしろ、できる範囲でやるべきだと思っている。
若いうちから少額でも積み立てる意味はある。
時間を味方につけられるのは、若い人の強みでもある。

ただ、ふと思う。

NISAに満額積み立てすれば、将来の不安は本当になくなるのだろうか。

将来不安があるから、今を削りたくなる

今の若い人が投資に向かう気持ちは、かなり理解できる。

老後が不安。
年金も不安。
物価も上がる。
税金も社会保険料も重い。
80歳を過ぎても働いている人を見ると、自分の未来も怖くなる。

そう考えると、今を少し削ってでも、将来に備えたくなる。

これは単なる欲ではないと思う。

「お金持ちになりたい」というより、
「将来、詰みたくない」という感覚に近い。

先日、名古屋でスイミングスクールの送迎バスが歩行者をはね、2人が亡くなる事故があった。

報道によれば、運転していたのは85歳の男性だったという。

もちろん、その人がなぜ働いていたのかは分からない。
そこは、外から簡単に決めつけるべきではない。

ただ、85歳の人が送迎バスを運転していたという事実には、どうしても引っかかるものがあった。

若い人がNISAに全振りしたくなる不安は、こういう現実ともつながっているのではないかと思う。

80代になっても働き続ける未来。
働きたいならいい。
でも、働かざるを得ないなら怖い。

そういうものを見れば、今を削ってでも将来に備えたいと思う気持ちは、かなり分かる。

だから、NISA全振りの若者を単純に「極端だ」とは言い切れない。

その裏には、将来の安心というより、
将来こうなりたくないという切実な不安があるのだと思う。

ただ、不安に追われた行動は、時々バランスを失う。

生活費が足りない。
趣味もやめる。
人付き合いも削る。
それでも積立額を下げられない。

そうなると、NISAは将来の自由を作る道具ではなく、今の自分を縛るものになってしまう。

最適化は、0か100ではない

最近よく「最適化」という言葉を聞く。

お金の最適化。
時間の最適化。
人生の最適化。

でも、最適化というのは、本当に何かに全振りすることなのだろうか。

NISAを満額積み立てる。
生活費を削る。
趣味を削る。
交友関係も削る。
今を全部、未来へ送る。

一見、合理的に見える。

でも人生は、0か100ではない。

投資をするか、しないか。
今を楽しむか、将来に備えるか。
貯金か、経験か。
安心か、自由か。

そういう単純な二択ではないはずだ。

本当の最適化は、全振りではなく、配分の調整に近いのだと思う。

今の収入。
今の年齢。
今の健康。
今の人間関係。
今の不安。
今の楽しみ。
将来への備え。

それらを見ながら、少しずつ配分を変えていく。

若い時は経験に少し多めに振ってもいい。
不安が強い時は貯蓄や投資に多めに振ってもいい。
収入が増えたら積立額を上げてもいい。
生活が苦しいなら、いったん下げてもいい。

それでいいのだと思う。

最適解は固定ではない。
時代によっても、自分の状況によっても変わる。

NISA全振りは、損切りできないポジションに似ている

投資やトレードを見ていると、損切りできないポジションというものがある。

最初は小さな判断だったはずなのに、
「ここまで耐えたから」
「今さら切ったら損だから」
「もう少し戻るはずだから」
と考えて、どんどん身動きが取れなくなる。

NISA全振りの生活も、少しそれに似ている気がする。

最初は将来のためだった。
少しでも早く始めたかった。
満額に近づけたかった。
周りに遅れたくなかった。

でも、いつの間にか「枠を埋めること」が目的になる。

生活が苦しくても、積立額を下げられない。
リボ払いをしていても、NISAは続ける。
今の人生が細っていても、将来のためだからと自分を納得させる。

これは少し危ない。

本来、投資は未来の選択肢を増やすためのものだ。
それなのに、今の選択肢を全部消してしまうなら、どこかで見直した方がいい。

NISAは損切りするものではない。
でも、積立額や生活設計は調整していい。

一度決めた金額を、ずっと守り続けなければいけないわけではない。

人生は短いようで長く、長いようで短い

人生は短い。

若い時期は、あっという間に過ぎる。
体力も、感受性も、好奇心も、永遠には続かない。

25歳で見た景色。
25歳で会った人。
25歳で恥をかいた経験。
25歳でしか感じられない高揚感。

こういうものは、あとから同じ形では買い戻せない。

一方で、人生は長い。

40代、50代、60代、その先も続く。
お金がなければ、現実はかなり苦しくなる。
老後不安を完全に無視して、今だけ楽しめばいいとも思わない。

だから難しい。

短いようで長い。
長いようで短い。

この感覚の中で、今と未来の配分を考え続けるしかない。

勝率60%くらいの人生設計でいいのかもしれない

完璧な人生設計など、たぶん無理だ。

将来の株価も分からない。
年金制度も分からない。
自分の健康も分からない。
仕事がどうなるかも分からない。
家族や人間関係も変わる。

それなのに、今の時点で完璧な最適解を出そうとすると、どこか無理が出る。

だから、人生設計も勝率60%くらいでいいのかもしれない。

もちろん、人生に本当の勝率があるわけではない。

ただ、全部を正解にしようとするより、少し間違えても続けられる設計の方が、自分には現実的に感じる。

全部正解にしようとしない。
全部未来に賭けない。
全部今に使わない。

少し将来に張る。
少し今にも使う。
少し経験にも振る。
少し現金も残す。
少し失敗も許す。

それくらいの方が、長く続く気がする。

NISAに満額積み立てることができる人は、それでいい。
でも、それができないから負けというわけでもない。

月3万円でもいい。
月1万円でもいい。
まず生活防衛資金を作るのでもいい。
その時々で、自分が続けられる形にすればいい。

不安は、満額積み立てだけでは消えない

NISAに満額積み立てれば、将来の不安はなくなるのか。

たぶん、完全にはなくならない。

資産が増えても、別の不安は出てくる。
健康の不安。
仕事の不安。
親の介護。
自分の老後。
相場の暴落。
インフレ。
人間関係の孤独。

お金は不安を減らしてくれる。
これは間違いない。

でも、お金だけで人生の不安が全部消えるわけではない。

だからこそ、投資と同じくらい、今の人生の中身も大事になる。

誰と会うか。
何を経験するか。
何を学ぶか。
どこへ行くか。
何を見て、何を感じるか。
自分は何に時間を使いたいのか。

そういうものも、人生の資産だと思う。

NISAに人生の主導権を渡さない

NISAは良い制度だと思う。
ただし、道具であって、人生の目的ではない。

満額積み立てること。
1,800万円の枠を埋めること。
周りより早く資産を作ること。

それ自体が悪いわけではない。

でも、そのために今の人生が極端に細くなっているなら、一度立ち止まった方がいい。

将来の自分を助けることは大事だ。
でも、今の自分を殺さないことも、同じくらい大事だ。

不安があるから備える。
それは正しい。

でも、不安に支配されて生きる必要はない。

NISAに満額積み立てれば、将来の不安はなくなるのか。

自分の答えは、たぶんこうだ。

不安は減る。
でも、消えはしない。

将来の不安をゼロにすることはできない。
でも、不安に人生を全部渡さないことはできる。

NISAは、そのための道具のひとつであって、人生そのものではない。

だからこそ大事なのは、満額かどうかではなく、
将来の安心と今の人生を、自分なりに配分し続けることなのだと思う。

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